今日は、お義父さんの命日です。
今日のこの夜、お義兄さんから電話で訃報を聞きました。
声が明るかったので、後で考えると、
(両親の介護で大変だった、特にお義父さんは暴れることがあったので
それから解放された)安堵の感情もあったと思われます。
それから少しも経たないのに、お義兄さんは逝ってしまいました。
旦那は昨日、帰って来るなり「お義兄さんが可哀想で辛い」と泣いていました。
転送されたお義兄さん宛ての家電のエコポイントのハガキを
目にしたからです。
「見るの楽しみにしてたんやろな・・」
お義父さんの葬儀を終えた後、急ぎ足であの世へ旅立ったお義兄さんの
残したものは、今我が家の部屋にあるテレビです。
あのゴミ屋敷に不似合いな、真新しいテレビはまだ梱包されたままでした。
それを今では私たちが見ています。
私「お兄さんはきっとこのテレビをそばで見ているよ。
私たちがケンカしたり、バカなことしてたら笑ってると思うよ」
旦那「もっと話がしたかった・・やっと会えたのに20年ぶりで・・」
旦那とお義兄さんの間には溝があって、ずっと話もしない状態だった。
お義兄さんの引きこもりは親しい人の事故死が切っ掛けだから
本当に酷い現実。
やっと会えて心の壁みたいなものも取れて、
さぁこれから、という時に、お義兄さんはいなくなってしまったのです。
全く、酷い話。
それにしても、結局、亡くなった時にうちへ電話してきた人は誰だか
わからず仕舞いになってしまいました。
しかも、ベルは鳴っていません。
お義母さんは救急車は呼んだけど、うちへは電話していないというのです。
でも忘れたかもね。
咄嗟にうちの電話番号を思い出せたかどうかなんですけど。
(その前に覚えていたかですけど)
電話帳もなかったのに。謎です。
お義兄さんが電波に乗って知らせに来たのかも。
偶然かもしれないけど、鍋のトングが真っ二つに割れたり、
旦那が違和感を覚えたり、娘のケータイが誤作動を起こしたり・・・
偶然が重なると、虫の知らせのような気がします。
私「この広い宇宙がどうなっているか、いまだ解明されていないし
人間の知らないことはいっぱいある。
不思議なことがあって当然だと思う。目に見えないことでも
そこには何もないって決めつけられないんだよ」
旦那とこんな話をしながらお義兄さんを思い出してあげるのも
供養の一つではないかと考えます。
お義兄さんが生きていた証として。
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